手を動かすと見えてくるもの
この記事は
道草 Advent Calendar 2025 - Adventar
15日目の記事です。
こんにちは、べるです。
趣味で手を動かすことが少しずつ増えたので、気づきと学びを書いていきます。
これもオチはないよ!
自分は、思ったよりわかってない
知ってるとやってみるには段差があるってよく言われる通り、自分の理解が浅かったことに気づきます。実際に動くものと自分の中の知識を繋いでこそ、理解は発生するものです。場合によっては背景概念や理論とかも必要になります。
ちなみに、「わかった気になる」を経由しないで本当の「わかった」に辿り着くのは難しいんじゃないかな、と思います。
これに付随して、知的好奇心が満たされるというのもあります。
完成させて世に出ているものは、それだけでえらい
単なるユーザーになるべく戻りたくないなと思うのがこれで、完成させるものとかをただ批判するだけの存在になるのが怖いんですよね。創作物にはリスペクトを持って、知人が作ってるものとかはお金出して買うようにしてます。
こうありたい、ありたくないが見つかるのはいいですね。「何者か」になれている感じがします。
大体、自己紹介かその時自分がハマってるもの、になる
自分が作っちゃう、手を動かしたくなるものって結局好きじゃないと始めたいと思わない、続かないと思うんですよね。
最初と最後は熱だと思います。
あと、特に後者についてはスナップショットというか、その時の自分の気持ちみたいなのが残るのでいいんですよね。
手を動かしてない人と話が合わなくなってくる
これは本当に申し訳ないし僕のコミュ力もあるんですが、考えの深さや話題の選び方・運び方がなんか合わなくなってくるんですよね。
単純に近くないだけ?でも傾向は絶対にある気がする。
人生の全てがネタになる
世の中が情報で溢れかえり、インプット過多って感じですよね。カタカタ。
ふと油断すると自分の好きなものにエコーチャンバーで閉じこもりがちで、再生産を繰り返しがちです。
まあそれも楽しいんだけどね。
その中でも手を動かすことで、インプットのアンテナ・感受性が広がる感じがします。
歩幅を調整できるようになる
「今日は元気だし時間もあるから一気にここまでやろう」「ここは理解してないし不安だからゆっくり少しずつ進めよう」みたいに、その日の歩幅を調整できるようになります。
不確実性の高いところは小幅で、低いところは大胆に。
体調のバロメータになる
普段できてることができなくなる、普段したくないことをしたくなるのは経験上体調が崩れる二歩手前くらいです。
まあ気付いたからってそれを辞めるつもりはあまりないんですが......
一周回って実践より理論を食べたくなる
理系出身なので理論から聞くのも別に好きなんですが、理論だけだと飽きますよね。
でも普段から試行錯誤して手を動かしてると、理論のありがたみがわかって吸収が良くなるんですよね。スポンジになれます。
フィードバックや反応をもらえる
モノを作っていれば、それに対して感想やアドバイスを求めることができるようになります。
それらは気づきや学びのきっかけとして捉えるようにしてます。全てを満たすのは無理だし、相手も思ってることを言ってるだけタイムがあるので。
まあ素直に従った方がいいものもありますが、結局は自分に食べられるものしか食べられないので、優先度はつけた上で元気がある時は出来る限りやってみるようにしてます。
あと、単純に反応をもらえるのは嬉しいです。
創作物を作って、「ねえねえみてみて!」以外のコミュニケーションを忘れそうになっています。ほんとに。