雨の相
SS:宮澤ブルー
挿絵:ΙΔΈΑ


京香「遅くなっちゃったね」
隣に座る彼女がぼやく。無理もない。
秋分もとっくに過ぎた11月。
私達が乗った電車は、すっかり暗くなった神田駅を発車するところだった。
これといった部活に所属していない私達は、放課後となるとすぐに帰るのが普通だった。季節によって日の入り時間が変わるとはいえ、明るいうちに家路に着くのが普段の私達だ。
しかし今日はどうだろうか。徐々に冬が近づいているものの、いつもの帰り道にしては今日は暗すぎた。
東子「仕方ないよ、文化祭まであと何日かだし」
京香「なのにみんな今日しか来れないっておかしくない?」
東子「あー、中野さんは週末にある大会の練習でもう来れないんだっけ?」
京香「それに津田ちゃんは明日から補習だってさ」
東子「よかったね、京香は今回補習回避できて」
京香「試験の成績が良かったからね。東子様のおかげでございますよ」

東子「東子様って。いやいや、それは京香が頑張ったからだよ」
京香「そ、そう?東子殿に言ってもらえるなら嬉しいですねえ」
東子「殿……」
京香「まあでも、無事小テストも終わって補修も回避できたし」
京香「全力で遊ぶぞー!東子、ゲームをしよう!最近家で親が遊んでた古いゲームを見つけたんだー」
東子「え、いや、京香……」
京香「そうそう、この写真の。スーパーファミコン?っていうんだって」
東子「……なにこれ、今のゲーム機と結構違うんだね」
京香「そうそう、なんかカクカクした絵がかわいくてさー。昔のゲームってこんな感じなのかな?」
東子「さあ、どうだろう……?」
京香「ねえ、今度どっちかの家で一緒に遊ぼうよ。一晩中――」
東子「……京香、文化祭が終わったらすぐに中間試験があるのわかってる?」
京香「あっ」
東子・京香「「………」」
京香「東子様に助けてもらうから大丈夫!!」
東子「私は京香の成績が心配だよ……」
京香「ところで東子、外外」
東子「え?」
京香「外見てみなよ。夜景、綺麗だよ」
東子「話逸らさないで……わーお」
さっきまでは駅の明るさで気づかなかった。
街明かりが背後に過ぎていく。電車の大きな窓に、ビルや他の電車が光の帯になって流れている。今乗っている電車は、まさしく光の雨の中を走っていた。
京香「ね、綺麗でしょ?今日こんなに遅くならなかったら見られなかったね」
東子「うん……すごい!」
京香「あはは、東子はいつもそれしか言わないね」
東子「だって本当にすごいからね」
そう、本当にすごい。いつも京香にはすごいものを見せられてばっかりだった。
ひとりぼっちだった私の前に突然現れて、いつも私を新しい世界に連れて行ってくれた。
おしゃれなカフェのおいしいパンケーキ、行きつけのゲームセンター、猫がいっぱいいる裏路地、馬鹿みたいに歌ったカラオケ……
友達という友達がいなかった私にとって、京香は私が楽しめるようにいろんなことを教えてくれた。今だってそうだ。
思い出せばいくらでも、楽しかった体験が目に浮かんでくる。それこそ、窓の外に見えているたくさんの光の雨粒のように。
でもこの光の雨が止んだら?
本当の雨が来る。先は暗い。

電車は進んでいた。北に向かい、神田から離れていくにつれ、外の光はだんだんと少なく、暗くなっていく。
それは、私の先に待っている人生も一緒だと思う。
三年生の秋、そろそろ将来を考えないといけない季節。
ここまで隣にいてくれた京香とも、いつまでも一緒にいられるわけじゃない。
そのことを考えたら、途端に寂しい気がして来た。
京香「――聞いてた?人の話」
東子「え?ごめん。考え事してたかも」
京香「もう、酷いなあ。そろそろ私は降りるよ」
東子「……うん」
この電車で京香と一緒にいられるのはここまで。次の駅で京香は、隣の乗り場から出る電車に乗って家に帰る。
ここからは、私ひとりだ。
東子「ありがとうね、いつも同じ電車で帰ってくれて」
京香「もう、今更だな〜。一緒に帰りたいから乗ってるの」
軋むような音と共に、電車は止まる。
京香「よっこらしょっと」
よっこらショット(威力:150、命中率:90)
京香は立ち上がって、私の前に立った。
ドアが開く。京香はドアの方に歩いていき、車両の外に出る直前に、私の方に向き直って小ぶりに手を振る。
京香「じゃあね」
バイバイ。
行かないで。
また明日ね。
寂しいよ。
いろんな言葉が湧いてきたが、どれも口から出ていくことはなく、私には手を上げて無言で京香を見送ることしかできない。

そのまま京香はホームを歩いていく。
目で追っていたが、京香は窓から消えてしまった。
ドア「ドアが閉まります」
このドアが閉まったら、もう追いかけることもできない。
「……さよなら」
誰にも届くことのないことばが、やっと口から一つ出ていった。
ドタドタッ!!(足音)
ドタが閉まる直前に、電車に飛び乗って来た人がいた。
顔を上げて見ようとも思わなかったが、他の座席に人もいないのにその人は私の前に来る。
「東子」
名前を呼ばれて顔を上げると――
そこにいたのは京香だった。
東子「えっ」
何でここに?
来てくれたの?
降りたんじゃなかったの?
家に帰らなくていいの?
ドア閉まったよ?
聞きたいことはたくさんあったが、また言葉が出てこない。
京香「いや~、戻ってきちゃった。あはは」
京香「驚いた?」
東子「え?お、驚いたよ……」
京香「よかった!(?) ちょっと驚かして降りようと思ったけど、もう電車走り始めちゃったもんな~」
京香「ねえ、東子」
京香「もう少しだけ一緒にいてもいい?」

それは一瞬、わざとらしい言い訳に感じられた。
……それでも。
京香の一言で、さっきまで考えていた私の暗い未来に、光が差し込んできた気がした。
きっとこれからも京香は私に光を見せてくれるのだろう。今まさに京香が私の前に戻ってきてくれたみたいに。
さっきは不安になったけど、きっと大丈夫。私たちはこれからも一緒に歩いていける。
そして、もし京香が不安になることがあったら、今度は私が京香を照らす光になりたい。
ありがとう、これからもよろしくね!
東子「でも申し訳ないな、一緒にいてくれるのは嬉しいけど。京香はまた電車で戻らなきゃいけないじゃない?」
京香「それは大丈夫だよ、東子の家に泊まるから」
東子「え゛っ」
えっ
すっかり暗くなった街の中、電車は二人を乗せて走っていく。













