サジェストされていない情報がほしいという話
この記事は、
徒々然々 Advent Calendar 2021 - Adventar
18日目の記事です。
5年目にして初めて穴を開けました、52代のべるです。
背景
Youtubeでも、twitterでも、Googleの検索結果でも、最近ありとあらゆるところで「あなたへのおすすめ」というものが出てきます。広告とかもそうですね。
端的に言ってうんざりしています。
「あなた」って何?「おすすめ」って何?ぐだぐだと考えていきたいと思います。例としてYoutubeを取り上げています。
居酒屋のパネルとかでもおすすめメニューとかありますが、あれは少し毛色が違う気がしますね。
「あなた」とは
対等または、目下の者に対して言う言葉だそうです。
私達はYoutubeに目下に見られているのかもしれない.......
えーと。
まあその、この「あなた」ってのはユーザーの一部分の側面の趣向を切り取ったものです、たぶん。前に見た動画とかから、レコメンドする機能をいい感じにやって、そこにひょうじされるわけです。
直近にIPPONの動画とか一回でも見ちゃうと、おすすめ欄に黄色い背景の動画が絶対並ぶようになってしまいます。ひろゆきとかもですね。
「おすすめ」とは
おすすめ(お勧め / お奨め / お薦め)とは、相手に推薦・推奨したいものがある際に使う「すすめる」に、敬意を示す接頭辞の「お」が付いた丁寧な表現である
とても丁寧な言葉ですね、あなたへのおすすめって。
つづき。
「相手にある行動をするように仕向ける」という共通の意味を持ち、人や物について良い点・優れている点を挙げて人にすすめる時に使う.
私達はある行動をするように仕向けられているようです。おそろしいね。
Youtubeの場合は動画を見る、になるんでしょうか?それとももっと深い/メタ的なところ?多分もっと手前の行動、「興味ありそうな画像をタップさせる」あたりでしょうか。
推奨する対象の分類・分野ごとに、「勧」「奨」「薦」という3つの漢字で使い分けられる。「勧」は主に相手が良い行為をするよう推める際に使われ、使用・飲食・参加などの「行為」を促す場合などに用いる。相手の求めに相応しい人・品を勧める助言の意味を持ち、強制力のない提案として使われる。
このあとにそれぞれの漢字で書いた場合のおすすめの分類が書いてあります。
Youtubeはどのおすすめをしてきているんでしょう?
僕の考えとしては「勧」と「薦」の間ですかね。勧めている側としては良い行動をすすめているんでしょうけど、強制力としては少し強い印象です。おすすめじゃない動画が近くに小さく表示されたりしていると、より「勧」に近いのかなと思います。
ちなみにこんな事も書いてありました。
あなたは目下もしくは対等なのに、おすすめは目上に対する丁寧語に用いられる場合もあるのか、面白いですね。こう、分解して深く考えていくとこれだけでこんなに書けてしまう。
今回は引用元をweblio辞書に統一しましたが、本当はもっといろんな辞典で調べて情報を集めないといけませんね。もっとやるなら、suggestionとかrecommendationとか英訳して、その単語をさらに英英辞典で調べる、とかできます。単語に関して言えば。
「への」の部分を軽くスルーしそうになりましたが、まあここでは「~に向かって、対して」みたいな意味だと思ってます、それ以上は思ってません。
ここまでをまとめると、「あなたへのおすすめ」とは
ユーザーの一側面の趣向の傾向を踏まえて、ユーザーに対し、次の動画をタップさせるという行為をやや強く働きかける。
みたいな感じですかね。
皆さんも自分なりに考えてみてください。
「あなたへのおすすめ」の必要性
うんざりしている、とは書きましたが、あると便利なのは事実です。
情報が溢れまくってる現代では、ある程度絞った選択肢がないと何も選べないなというのが僕の感想です。もちろん、前提知識があったり、明確にどんな動画が見たいか決まっている場合は、探せるんですけど(少なくとも、探そうとすることはできるんですけど)。
とはいえ、Youtubeくらいは受動的に見たいですよね。エネルギーが低くても楽しいものを摂取したいですよね。そういうときに、この「あなたへのおすすめ」というのはとても便利なのです。この場合は必要であると言ってもいいでしょう。
じゃあなんでうんざりするんでしょう、いくつか原因を考えていきたいなと思います。
もう見た
真っ先に思いついたのがこれです。おすすめに出てくるやつ、もう見たことあるやつが多いんですよね。少なくとも、そう見えるやつが。
人間って同じ種類の情報ばかり摂取していると飽きちゃうので、そのタイミングでもう見たジャンルのやつ(場合によっては気がつくと全く同じ動画が流れていたりすることもあると思います)が流れちゃうと、飽きます。
人間って飽きるんですよね。難しいなあ。
今その気分じゃない
人間の気分も可変です。うんざり。
いつも料理動画が見たいわけではないのです。音楽がほしいときがあれば、癒やしがほしいときもある。
気分じゃないところをおすすめされると、気分じゃないんだよなあ~と思いながら受動的に画面をスクロールすることになります。
逆にいいことは?
- 好きなボカロPの曲に「似た」曲という、検索だけだと探しづらいものにすぐ出会える
- 注目しているYoutuberの最新動画にすぐ気づける
- 何が見たいか?って考えなくていい
この辺な気がしますね。
頭を使いたい?
受動的な気分のときに適した機能は、得てして能動的な気分のときには適しません。
いまバーっと自分の考えを書いてみて思ったのは、そういう受動と能動の気分の逆転タイミングで「すすめ」られるのが気に入らないのかもしれません。
こう、たとえばprivate windowでyoutubeを今開いてみたんですが、世の中にはこんなにたくさんのジャンルがあるんだなあということにふと気づきます。
我々は情報環世界、フィルターバブルに無意識にとらわれているので、意識的に新しい情報、体験を入れていかないといけないんですね。
サジェストされていない情報って?
本題です。
この世に、たぶん全くサジェストされてない情報ってないんですよね。おすすめ度が強いか弱いか、情報が古いか新しいかとかで、誰かが選んで流されてるんです。
たまにテレビ見たりラジオ聞いたりすると、なんでこんなコンテンツがこんな尺で流されてるんだろう?「世間」ではこんなのが流行ってるのか?みたいな気持ちになることありませんか?新聞とか雑誌でもいいんですけど。
これは、自分へのおすすめ度が弱い情報に久しぶりに触れて、それによって頭が半自動的に使われている状態です。多分こういうのが定期的にあるのが健全なんだと思います。ずっと同じ情報源から同じおすすめ度の情報ばかりを摂取していると飽きてしまうので。
多分上記のメディア使ってる人も、その時点でユーザーのことを考えて作ってはいるはずなんです、たぶん。でも、Youtubeのおすすめ度のアルゴリズムやシステムにはかなわない。だから、こう、微妙な距離感の情報が入ってくるわけですね。
言い換えれば、自分へのサジェスト(おすすめ度)が弱い情報を定期的に入れていかないといけないよね、ということになります。
タイトルの言い換え的な。